合唱団白樺 第38回定期演奏会
《第1部》

指揮:藤本敬三 ピアノ:石川真澄 訳詞:合唱団白樺

●ひばり(初演)            B・ジュコフスキー作詞 B・カソンニコフ作曲
●岸辺のやなぎ(初演)         Φ・チュッチェフ作詞 M・アンヅェフ作曲
●うす青いろのつばめ(初演)      B・レビコフ作曲
●アンチャーノレ(初演)        A・プーシキン作詞 A・アレンスキー作曲
●麻畑の娘たち(初演)         ロシア民謡 A・パシェンコ編曲
●朝の湖(初演)            A・カプィロフ作曲
●果てなくつづく草原(初演)      H・ドーヴァヤ作詞 A・パシュンコ作曲
 

《第2部》

アコーディオン・指揮:中山英雄 バラライカ:東京バラライカ・アンサンプル 指揮:北川つとむ ピアノ:石川真澄

●野には風もないのに          ロシア民謡 中山英雄編曲
●白樺−古いロシアのワルツ       ロシア民謡 一中山英雄編曲
●マズルカ               A.ラチーノフ作曲
●道化師の踊り             A.アレクサンドロフ作曲
 

《第3部》

指揮:中山英雄 ピアノ:石川真澄 アコーディオン:根田稔 バラライカ:東京バラライカ・アンサンブル

●おお広き野よ     ロシア民謡 スヴェシニコフ編曲 向嶽合唱団訳詞 
●流刑人        ロシア民謡 つくばひでお訳詞
●果てもなき荒野原   ロシア民謡 井上頼豊訳詞 
●祖国         ロシア民謡 中山英雄編曲 楽団カチューシャ訳詞
●コザックの歌(初演) B・ブテンコ作詞 H・クトゥゾフ作曲 合唱団白樺訳詞
●リラよ(初演)    B・ガソコフ作詞 H・ヤクーニン作曲 合唱団白樺訳詞
●舟遊び         マシストフ作詞 スヴェシニコフ編曲 合唱団白樺訳詞
●清き野に(初演)   ロシア民謡 ショーヒン編曲 蒲生真郷訳詞 ファチャーノフ作詞 ・セドイ作曲
●前線にも春がきた   宮長大作編曲 
●ブコビナポルカ    クーチェニ作詞 カザーク作曲 蒲生真郷訳詞
●ヴォルガの舟曳き歌  ロシア民謡 A・ノヴィコフ編曲

司会:片山明子

前世紀末から今世紀初にかけての作曲家たちの作品をとりあげました。帝政末期の政冶的閉塞状況のもとで、日露戦争の敗北、血の日曜日をへて、ロシアのデモクラシーが芽生え、息づいてきた時代です。そうしたなかで、音楽家たちの積極的活動によって、地方で合唱音楽会が開催され、民謡集、ロシア作曲家選集が編集されるなど、合唱活動の地方での拠点ができていきました。ペテルブルグで活躍していた音楽家にもこうした地方の活動の影響がみられ、色彩的和声、民謡的抑揚に富んだ作品が多数生みだされました。ヨーロッパ音楽の手法が、ロシアの民族的伝統のなかにのみこまれていった時代でした。

●ひばり
 この曲はロシアロマン主義の父とよばれる詩人B.ジューコフスキーの詩にもとづいて、B.カリンニコフが無伴奏混成合唱曲に作曲したもの。カリンニコフはモスクワ音楽院の教授として教鞭をとり、また「インターナショナル」や「ラ・マルセイエーズ」の編曲でも有名です。伴奏は中山英雄編曲です。ひぱりは、ロシアの詩や民謡によく歌われていますが、その声、可愛らしさを歌うよりは、生命力を讃えた歌が多く、春まだ浅いときに歌いだすひばりによせるロシア人の思いを歌ったものです。

●岸辺のやなぎ
 作曲者のM.アンツェフ(ユ865〜1945)はペテルブルグ音楽院でリムスキー;コルサコフに師事し、十月革命後は革命をテーマにした作品も発表しています。「岸辺のやなぎ」は、自然を人の心の動きに結びつけた詩を得意とする詩人チュッチェフの詩に作曲したもので、やなぎが、そのしなやかな枝を川面にのばして波をとらえようとする、波はきらめき枝をすりぬけて岸辺によせる、という戯れ歌の伝統を意識した曲です。

●うす青いろのつばめ
 5拍子・短調の曲。つぱめが窓辺にやってきて春をつげる歌をうたうが、今のわたしの暮らしは暗く、つぱめの歌も昔のようには心を楽しませてくれない、と昔をなつかしんでいるものさみしい歌です。民族発声で暗い音色のメゾソプラノが淡々と歌うような曲調ですが、ピアノ伴奏付きの合唱曲として作曲されています。作曲者のB・レビコフ(186ト1920)はフランス印象派の影響を受け、モダニズムの作曲家ともいわれています。

●アンチャール
 A.アレンスキー(1861〜1906)は前回もとりあげましたが、今回の曲は、皇帝の圧政を批判したプーシキンの詩に作曲したものです。アンチャール(ウパスの木)は根に猛毒をふくんだ木で、毒をとりにいかされた奴隷は倒れ、皇帝はその毒を矢にぬって他国を侵略してゆくという内容です。皇帝への強い批判をこめているので当初詩は発表されず、ファンの聞で手書きで回し読みされていたそうです。プーシキンの詩に歌われた”ウパスの木”は、実はアイヌの毒矢などにつかう毒草”とりかぷと”のことです。

●麻畑の娘たち
 いにしえの昔からロシアの女たちはよく働く。さて男たちは…?麻畑で働く娘をなんとか遊びに誘いたい若者イワン、娘のつれないそぷりに業を煮やして、育った麻をドナウ河に流してしまう、と脅すが、娘もドナウも知らん顔。(ラーダラーダ)は囃し言葉で、古いマドリガル風のハラヴォードの歌です。いくつかの採譜・編曲がありますが、混声合喝のA・パシェンコ(1885〜1972)のものを選びました。パシェンコは古い民謡の編曲を数多く手がけています。伴奏編曲は中山英雄です。

●朝の湖
 カプィロフ(1854〜19ユ1)も前回に続いての登場です。”朝の湖”は和音が素晴らしく美しい男声合唱で、ピアノ伴奏付きですから、合唱教育用に作曲されたものではないかと思われます。トップ・テナーからべースまでの音域の幅がとても広い、難易度の高い曲です。

●果てなくつづく草原
 待ちに待った春がやってきたよろこび、夜明けまで踊りあかす若者たち、広々としたロシアの草原が目に浮かぷような伸びやかな旋律、各声部の美しいボリフォニーが、独特の雰囲気をもりあげています。作曲A・パシェンコ、伴奏編曲は中山英雄です。

なお、”ひばり”の訳詩は蒲生真郷氏です。合唱団白樺の研究部の基礎を築いた氏が亡くなって6年経ちます。
今日の演奏を心より氏に捧げます。

<第2部>アコーディオンとバラライカ

●野には風もないのに
 ロシア民謡でも古謡に数えられる歌です。しずかな野の中に牧童の敬が聞こえます。失った愛に想いをはせながらも、その苦しみは自然の懐に抱かれて癒され、新しい愛への希望にと変わっていきます。雄大な自然と、人間の営みと、対比させながらの人間讃歌です。中山英雄編曲。

●白樺−古いロシアのワルツ
 白樺はロシアの象徴として昔から文学や音楽のなかにしぱしば出てきます。この曲も、副題にあるように古いロシアのワルツによった、E・ドレズィンの作品です。A・ベズメンスキーの詩をつけて歌曲としても歌われていますが、民族楽器アンサンブルの重要なレパートリーのひとつです。中山英雄編曲。

●マズルカ
 十月革命記念音楽学校の校長でドムラ奏者でもあったA・ラチーノフの作品で、ドムラが主旋律を奏でます。バラライカとならんでロシアの民族楽器であるドムラは、半球形の胴体をもち、オーケストラではヴァイオリン属の役割を果たしています。今回の演奏は、1988年にモスクワで出版されたスコアによるものですが、本場ロシアでもまだレコーディングされていません。

道化師の踊り
 オストロフスキー作の童話劇「雪娘」は、リムスキー=コルサコフ作曲のオペラで広く知られていますが、この曲は同じ題材をチャイコフスキーが1873年に取り上げた「スネグローチカヘの音楽」の中の一曲です。旧赤軍合唱団の指導者A・アレクサンドロフが民族楽器のために編曲したものは、ロシアの民族オーケストラの重要なレパートリーとなっています。
 

{第3部}なつかしいロシア民謡

おお広き野よ
 広大なロンアの大地と、母なるヴォルガを讃えた歌。編曲者スヴェシニコフの率いるアカデミー・ロシア合唱団の十八番です。1942年、ナチス・ドイツ軍のソ連侵攻のとき、国民を励ますために創立されたこの合唱団が、最初に練習した曲だそうです。ソビエト連邦の崩壊後初めて迎える定期演奏会でこの曲を演奏することになったのも、何かの因縁でしょうか。「国破れて山河あり」といいますが、国家の命運はかぎりあるもの、ロシアの広き野は四季に彩られ、悠久のときを流れる河とともに、いつも豊かな恵みをもたらしてくれます。

流刑人
 ロシア民謡のなかには、他国にあまり例をみない囚人の歌というジャンルがあります。これらの囚人は、ツァーリの専制の犠牲となった政冶犯たちです。足を鎖でつながれた囚人が、宿場から宿場へと、ヨーロッパ・ロシアからバイカル湖の東の流刑地まで歩かされました。。この曲は映画「シベリア物語」で歌われ、一躍有名になった曲です。合唱団白樺でも、1957年に初演されていらい、35年ぷりの再演です。

●果てもなき荒野原
 荒野原で生き絶えようとしている馭者が、最後の力をふりしぼって自分の思いを、友へ、父母へ、そして妻への遺言を、仲間である馬に語る。友にはいままでのことをわびてくれ、父母にはわたしの思いを伝えてほしい、そして妻には指輸を返すから再婚するようにと、わたしは妻への愛を命とともにあの世にもっていったと伝えてほしい。荒れ野をいく馭者の描写から始まって、次々を物語を語りついでゆくのは、ロシア民謡の典型的なかたちです。

●祖国
 日本語では故郷と祖国とはまったく異なった響きをもって聞こえてきますが、ロシア語の”ロージナ”にはその区別がありません。ロシア人はロシアの大地をこよなく愛し、ふるさとを讃えた数多くの民謡、ソヴィエト歌曲を生んでいますが、どれもゆったりした大きさを感じさせてくれます。ひろびろとした大地、ゆたかな畑と牧草地、これこそわが祖国ロシア-とうたいあげたこの曲は、古い民謡ですが、飾り気のない素朴な言葉と、格調高い旋律で表現された代表的な祖国讃歌です。

●コザックの歌
 ショーロホフの『静かなドン』にいきいきと描かれているように、ドン河の上流に住むドン・コザックは、馬を勇壮にのりこなすことで有名です。流れのゆるやかなドン河、広い野原をどこまでも遠く駆けてゆくコザックの若者たち、胸をときめかせながらその姿を追う娘たち。馬のひずめの響きをおもわせる行進曲のリズムにのって、力強く、そして爽快に、男声合唱がひびきます。

●リラよ
 ちょうど5月、ロシアでは林檎、梨など果樹の花につづいて、チェリョームハ(うわみずざくら)やリラが咲き、短い春をかざる。リラの花が咲くと幸せがやってくるという言い伝えがロシアにはあります。そして、6月は若葉の季節。ガリコフ作曲、ヤクーニン作詩のこの曲は、リラのかおりとリラの木陰、そしてロシアの村の美しさを讃えた歌です。春と夏を迎えるよろこびにあふれる思いを歌った女性合唱曲です。伴秦縄曲は中山英雄。

舟遊び
 夕暮れ、静かなヴォルガの河面に小舟を浮かべて、娘ははじらいながらくちづけをした、逃げられましょうか、水のうえでは。森の木がそんなふたりを黙ってみている。恋を語るにはあまりに短いロシアの夏、「森には緑の松の木しげり、おてんば娘も恋をおぽえた」とはやし言葉がはいります。1974年いらいの再演です。

清き野に
 Л・ショーヒン編曲のロシア民謡で、いわゆる街歌です。街歌というのは、農村で歌われていた歌が、都会にでてきた人達によって広められるうちに都会風に変わったものをいいます。冬に、果てもない広野をよこぎって恋人に会いにいく若者の歌、同じ馬橿でも、「果てもなき荒野原」とはちがって、鈴をならしながら軽快に雪の野原を走っていきます。モスクワ国立合唱団のレパートリーのひとつです。

前線にも春がきた
 独ソ戦も終わりに近いある日、勝利へのきざしを感じた前線の兵士たちが、露営の夢をやぷって歌う夜鴬(ナイチンゲール)に、「遠い故郷に残してきた妻子をおもいながらつかの間の眠りについた兵士たちの夢をやぷらないでくれ」と呼びかけ歌う。激しい戦いのなかでも季節はめぐり春がきて、朝もやのなかにしずかにねむる森が浮かんでいる。

プコビナポルカ
 ウクライナ民謡。ブコビナはウクライナの南部で、カルパチア山脈のふもと、林業がさかんな地方です。昔から民族舞踊が盛んで、「踊りの喜びが働く力だ」という踊り好きの土地柄、この曲もブコビナの人々の心意気が伝わってくるような、軽快で楽しいポルカです。

ヴォルガの船曳き歌
 母なる河ヴォルガは、ヨーロッパ・ロシアの大穀倉地帯をつらぬいて流れるヨーロッパ最大の河、黒土地帯を培い、育み、さらに交通にも重要な役割になってきた、文字どうり母なる河です。かつてこの河をさかのぽる舟は、舟曳き人夫たちが綱でひっぱりあげたのですが、その苛酷な奴隷労働のようすは、レーピンの絵「ヴォルガの舟曳き」にいきいきと描かれています。人間として扱われない舟曳き人夫たちのこの歌は、有名なバス歌手シャリアピンによって世界に紹介されました。